2011年02月11日
無肥料・自然栽培と自然農法 私流と自然栽培2
これまで、自然農法の本を何冊も読み、このブログで紹介したことも何回かある。だが、「自然栽培」という言葉は初めてである。「無肥料」ということが大きな違いであり、この「自然栽培」は有機農法に対しても手厳しい評価をする。
それについては、たとえば、次のように書かれている。
「一、土そのものが肥料の塊りであること。
二、肥料を施すことによって、かえって土の力を退化させてしまっていること。
三、種子そのものにも、農薬の薬毒や肥料の肥毒が残存しており、野菜の生態に悪影響を与えていること。
四、土を人間の勝手な思惑で汚してしまったための副作用として、病気や虫がその後始末をしていること」P23
かなりショッキングな提起だ。「土」とは何か、「肥料」とは何か、ということも考える必要がある。
私は、私流、つまり浅野流でやることにしているので、この「自然栽培」からも参考にできることがあれば、参考にしていきたいと思う。
また、自然農法もそうであるが、自然栽培も沖縄気候風土文化のなかでは、まだそれほどの蓄積があるわけではなさそうだ。だから、沖縄式のものの創造も必要なようだ。
以下、気づいたこと考えたことを何回かにわたってラレツ風に書いていこう。
それについては、たとえば、次のように書かれている。
「一、土そのものが肥料の塊りであること。
二、肥料を施すことによって、かえって土の力を退化させてしまっていること。
三、種子そのものにも、農薬の薬毒や肥料の肥毒が残存しており、野菜の生態に悪影響を与えていること。
四、土を人間の勝手な思惑で汚してしまったための副作用として、病気や虫がその後始末をしていること」P23
かなりショッキングな提起だ。「土」とは何か、「肥料」とは何か、ということも考える必要がある。
私は、私流、つまり浅野流でやることにしているので、この「自然栽培」からも参考にできることがあれば、参考にしていきたいと思う。
また、自然農法もそうであるが、自然栽培も沖縄気候風土文化のなかでは、まだそれほどの蓄積があるわけではなさそうだ。だから、沖縄式のものの創造も必要なようだ。
以下、気づいたこと考えたことを何回かにわたってラレツ風に書いていこう。
Posted by 浅野誠 at 08:05│Comments(0)
│庭・畑と農作業